前提として自己評価も他人の評価も正しいとは限らない
今回は自己評価は他人の評価の2倍になってしまうことについて紹介します。
前提として自己評価も他人の評価も正しいとは限らないということを理解しましょう。
なぜ評価を正しいといえないのか?
評価には様々なバイアスが入ってきてしまうからです。
例えば嫌いな部下の評価はどれだけ平等に評価しようと思ってもいい評価はつけにくくなるでしょう。
評価は人間がするもので、どうしても何かしらのバイアスや感情が入り込むことを理解すると、
自分だろうが他人だろうが評価は正しくないということが前提になるでしょう。
自分自身の評価は他人の評価の2倍になる理由とは!?
ここからは本題である、自分自身の評価は他人の評価の2倍になる理由について深掘りしていきます。
なぜ自分の評価は他人の評価よりもいい評価をつけてしまうのか?
これを意識するだけ上司との評価のすり合わせもスムーズにいくようになるでしょう。
給料や賞与に直結する評価だから
1つ目の理由は「給与や賞与に直結する評価だから」です。
簡単にいえば、評価のよしあしでもらえるお金が変わってしまうため、どうしても自己評価が高くなるのです。
これは当たり前でしょう。なぜなら評価でもらえる給与や賞与が変わるならなるべくいい評価にしたいと思うからです。
日本人は意外と遠慮がちな人が多いので給与に直結していても、自己評価は低い傾向にあるのでは?
と思う人も多いでしょう。
確かに上司に報告する際には自己評価は低いかもしれません。そして上司からの評価も同程度の評価であった場合、
本当はもっと評価されるべきと思ったことはありませんか?
口には出しませんが、ほとんどの人は自分の評価を高く見積もります。
そして自分が思うよりも低い評価であった場合、自己評価との乖離にストレスを感じてしまうのです。
自分の成果や行動を客観視できる人間は少ないから
2つ目は「自分の成果や行動を客観視できる人間は少ないから」ということです。
自分ではかなり頑張ったし、結果を出したのに上司に評価してもらえなかった。という経験はありませんか?
その上司の評価自体がおかしい可能性もありますが、
あなたが自分に下している評価が高すぎるという可能性もあるのです。
どうしても自分の努力は美化しがちです。日本人は謙遜しがちだと思う人もいるでしょう。
しかし自分を評価してほしいと思う人が多いのも事実です。
自分の頑張りを人に認められたいのは当たり前です。
評価されたいということはどうしても自分の評価は客観視できずに、いい評価を与えてしまうのです。
自分のことは他人にはわからないと思っているから
最後は「自分のことは他人にはわからないと思っているから」ということです。
あなたは他人が自分のことを理解してくれていると思いますか?
ほとんどの人は自分のことを他人が理解してくれないと思う場面のほうが多く経験しているのではないでしょうか。
ほとんどの人は、他人に自分のことを理解してほしいと思いつつ、他人には自分を理解はできないと思っているのです。
なぜ自分のことを他人は理解できないと正しく自分のことを評価できないのでしょうか?
理由は理解してもらえないという思いは他人と自分の間を分断させてしまうからです。
理解してもらいたい他人に対して、どうせ理解してもらえないという諦めの気持ちが出ているからです。
上司や他人の評価は本当に正しいのか?
ここからは上司や他人の評価の正しさについて考えていきたいと思います。
会社員は結局上司の評価で昇給や賞与の金額などが決まってきます。
他人である上司の評価が正しいという担保がないと正しい自分の評価を得ることはできないでしょう。
期末の評価会議でしか部下を評価しない
ほとんどの上司は「期末の評価会議でしか部下を評価しない」ということです。
上司は毎日部下をマネジメントし、仕事を評価してくれていると思っていませんか?
ほとんどの上司はぶっちゃけ自分の仕事で手いっぱいです。部下のことを毎日見てくれる上司は相当暇といえるでしょう。
ほとんどの上司は、評価をする期間になって初めて部下と向き合います。
なので上司は結果と直近の仕事ぶりを見て評価することになります。
期末の数週間だけ部下をみて評価をすることで正しい評価を下すことができると思いますか?
結局は人の評価であって、好き嫌いは発生する
2つ目にお伝えしたいことは、「結局は人の評価であって、好き嫌いは発生する」ということです。
よく聞くセリフは「なぜあいつが出世するのだろうか?」というものです。
明らかに自分のほうが成果を出している。しかし出世していったのは同僚の違う人物であった場面です。
この場合のほとんどは上司に出世できた人間が気に入られているということです。
しかし評価をするのが人間である限りどうしても好き嫌いは発生します。
全員をフラットの評価できる人はいないとあきらめたほうがいいといえるでしょう。
平等ではないのが会社組織というもの
最後にお伝えしたいことは「平等ではないのが会社組織というもの」ということです。
会社という組織は平等ではありません。それはビジネスの競争には平等の担保なんてないからです。
会社員となるまで学生時代では全員同じフィールドで受験というもので戦っていたでしょう。
学校の中では平等を重視することが多かったでしょう。
しかし社会人になった瞬間に平等というものはなくなります。
というかなにをもって平等とするのかわからなくなるというのが正しいかもしれません。
正しく評価されると思ってはいけないのです。かといって悪いことをしていいわけではないのです。
評価される方法を正攻法以外で考えることも必要になるのが、会社だと認識しましょう。
自己評価は他人の2倍かもしれないが、他人の評価も信用ならないのも事実
いかがでしたか。自己評価は確かに高くなる傾向にあることは理解できるでしょう。
しかしそもそも他人の評価も正しいかどうかは怪しいものです。
会社で出世していきたいのなら、上司に評価されることはなにか?をゼロベースで考えることが大事になります。
自分の評価は自分ですべきですし、他人の評価のほうが正しいと思うことにも少しでも疑問を持つべきでしょう。